酔っぱらいの逸話

書籍


■第1巻
モンドで言い伝えられている酒飲みの物語の1つ。
謝って狼の森に入ってしまった酔っぱらいと飢える狼を語った一冊。

-------------------------

■第2巻
モンドで言い伝えられている酒飲みの物語の1つ。
飢える狼と酔っぱらいの出会いを語った一冊。

-------------------------

■第3巻
モンドで言い伝えられている酒飲みの物語の1つ。
本巻では、酔っぱらいが孤狼に過去のことを教えた。

-------------------------

■第4巻
モンドで言い伝えられている酒飲みの物語の1つ。
本巻では、孤狼が酔っぱらいにお酒と狼のことを教えた。

-------------------------

■第1巻
蒲公英酒の国で、傲語と流言は酒気と一緒に飛んでいく。
酔っ払いの間で、誇張された伝説は往々にもっと遠くまで広げられる。
酒臭い戯言のように、あの伝説もごちゃごちゃでおもしろく見えがちである。

伝説によると、モンドのある時代に有名な酔っ払いがいた。
休猟時間の清泉町の狩人と同じくらいに、彼は酒量が多く、いつも泥酔まで飲み続けた。
金を使い尽くすまで、彼が酒場から出ることは決してなかった。

ある日、飲み終わった酔っ払いはふらふらと間違って狼の森に突っ込んでしまった。

今の奔狼領はすでに王狼の領地、理性ある者は大半森の殺気で逃げ道を選ぶ。
北風の王狼が狼たちの魂を集めて、外部からの侵入を防ぐためであると、年をとった狩人は言う。
遥か昔の時代。
群狼の領主がまだ北風とともに森へ訪れ、狼族に秩序と平和をもたらしていない時代。
森は狼たちが争い、血にまみれた遊戯をしてきた場であった。

こうして、モンドの有名な酔っ払いは狼の森に突っ込んだ。

黒い森の影に覆われ、草や枝が足を引っ張っても、酔っ払いは気にすることなく歩き続けた。
あっという間に、緑色の光る目が彼を狙った。
それは一匹の狼。
狼は酔っ払いの後ろをつけながら心の中で囁いた。
「これは怪しいぞ!」

数百年の間に、狼の森に入ってくる人間は一人もいなかった。
たとえ傲慢な貴族であっても、面倒にならないよう、奴隷をこの森に流すことを拒んだ。

「なにのこいつ、一人でここまでくるとは、実に怪しい!」
狼はこう思いながら、酔っ払いの酒気を耐えてその後ろをついていった。

-------------------------

■第2巻
周知の通り、狼の嗅覚人間より数万倍敏感である。
獲物を追いかける途中で、狼は酒気にいぶして、緑色の目には涙が留まった。

「フン……」
野原で生まれ、森で育った狼は一度も人間の文明に接したことがなかった。
たまにシードル湖の向こうから酒の香りが吹いてくるが、狼がその匂いの意味を分かる術はなかった。

「こいつも鼬の同類かもしれない。
とっくに俺に気づいておならしたんだ!」
こう思った狼は酒の匂いに耐えて、足を急いだ。

酔っ払いは狼と違って慎重な生き物ではない。
酒は時に人を狂わせ、時に人の感覚を繊細化した。
原理は不明だが、酔っ払いは自分につく狼に気づいてしまった。
酒気でくらくらする狼が、松葉を踏んで音を出したかもしれない。

「だれだ、お前もトイレを探しているのか?」
酔っ払いは寝ぼけた口調で聞いた。
「人間、お前こそだれだ?
すごい臭いぞ!」
狼は鼻をクンクンして、脅かすように応えた。

しわがれている狼の声に、酔っ払いは恐怖より、興味を感じた。
「だちよ、どういう事情かは分からないけど…
…モンド人につまらない酒は大禁忌だ。
月もいいし、物語をしてくれ。」
話しが終わると、彼はげっぷをした。

狼は酔っ払いの言葉を無視して、その喉を一気に噛みきりたかった。
けれど、酒の悪臭で狼はその考えをなくすしかできなかった。
「フン、思えばそんなにお腹が減っているわけじゃねぇし…
…お前の戯言に付き合うか。」

酔っ払いが背伸びをすると、蒲公英が何本か舞い上がった。
そして、彼は今夜の物語をはじめた。

-------------------------

■第3巻
遥か遠い荒原の上に、一匹の狼がいた。

やつはかつての王狼、自分の部族を率いて郷土を探し、狩りと戦いを経ってきた…
…あの頃の生活はやつの体に数多くの傷を残した。

やつは部族を率いて野原と古びた宮殿を越し、魔物と仙霊の領地を駆け抜けた。
荒原は残酷な地。
日々に衰弱する王狼の群れもだんだん四散することになった。
年月が経つと、群れには老いた王狼しか残っていなかった。

伝説によると、荒原は神が存在しない地、古い魔神が残した亡霊の残骸と旧日の仙霊が住んだ宮殿が残されているだけだった。
独り身の老狼が灰色の宮殿を通りかかる時、やつは音楽の音に引きつけた。

「これほどの美しい響を耳にしたことがない。
空腹感を忘れるいい音じゃ。」
狼は雑草が生い茂った灰色の広間に足を運んだ。
砕いた石棺の上にある彫刻は依然として顔がはっきり見えた。

室内に入ると、狼は演奏をしている少女にであった。
彼女は灰のような蒼白の肌をしていて、目を伏せいでいた。
彼女はその細長い指でリュートの弦をかき撫で、悲しい曲を弾いていた。

狼は少女の前で座った。
渇きと孤独を忘れたまま、やつは静かに少女の演奏を聞いた。

「昔日の秋夜の蝉鳴りは、流し者の吟唱であり、人類最初の歌であった。」
「彼らは形と神が宿る故郷を失い、歌と思い出しか残されていた。」
「最後の歌い手が、最初の仙霊が、終わりの曲を弾きながら天使のホールに座っていた。」

森で遊ぶフェアリーも彼女の歌に引かれて、敬意を捧げた。

「何の歌だ?」
狼は困惑の顔をして、彼女に問いかけた。
単語も、音節も分かるが、少女の言葉は狼が聞いた幾多の言葉とも違った。

「仙霊の歌です。」
蒼白の少女は答える、
「遥かな昔、私たちが荒地の人間のために作った歌です。
今は己の運命を歌っているんですけど……」

すると、狼は少女の旋律に従って不器用に呼応し始めた。
狼の声は滄桑して、悲しみに溢れていた。

「何を歌っていますか?」
少女が聞く。

「俺たちの歌だ。」
狼が応えた。

「聞き苦しいです。」
リュートを撫でながら、少女は情けをかけることなく評価した。
「一緒に歌うのはどうでしょうか?」

こうして、狼と少女の合唱が古びた宮殿のホールで響いた。
今でもその地を通りかかる冒険者はその奇妙な歌声を耳にすると云う。

「これだけ?」
がっかりしたように、狼は口元を舐めた、
「そうだ、俺から一個教えてやろう。」

狼は咳ばらいをして、物語を始めた。

-------------------------

■第4巻
言い伝えによると、モンド最初の酒は北風が吹荒れる時代に醸造されたらしい。

氷結の王達が争う時代、氷の嵐を生きる昔の人々達は、寒さの苦痛を和らげるために、果実から酒を作り出した。
氷雪がモンドを覆い、蒲公英が空を見ぬ時代と向き合う勇気を、酒は与えてくれた。

モンドで初めて酒を発明したのは、一人の慌て者だった。

慌て者は、雪に覆われた部落で食料の見張り番をしていた。
いくら人影も見えぬ凍り付いた大地とは言え、時折寒さを耐えしのいだ小動物が、地下に蓄えられている食料を盗み食いするのだ。
そのため、部落には食料を見張る者が必要なのだ。
運よく、食料を盗む鼠を捕らえられれば、食べ物も増える。

湿気で食料が腐敗しないよう、陰湿な洞窟を見張るには細心の注意が必要だった。
それに時折、精霊が人間に小さな悪戯を仕掛けるのだ。

慌て者がいつものように怠けていると、風の精霊が狐の姿になり、果実の山に潜り込んだ。
そして、酵母を発生させ、果実を発酵させた。
腹を空かせた慌て者が食べ物を取りに来ると、発酵した果実の濃厚さに虜になった。
その時、獣の皮を使い絞り出した果汁が、今の酒となったのだ。

雪原で酒を発明した慌て者は、最初の酔っ払いであり、夢の中で彷徨った者でもあった。

最初の夢で、彼は一匹の狼になった。
そして長い時間を経って、或いは遥か昔の時代で、彼は雪風の中で仲間と共に、人間と食べ物を奪い合った。
そして、最初の仙霊とも出会った。

集団で暮らす人も、群れで生きる狼も、孤独に耐えられない生き物だ。
酒の出現は、彼らの夢を繋げた。

しかし、両者の夢に対する反応は真逆であった。

人々は狼が駆け巡る草原に憧れを抱いたが、狼は人の欲望審に恐怖を覚えた。
狼には、なぜ人が危険な幻の中に溺れ、希望を見出すのか、理解できなかった。
更に狼が恐れるのは、己が人の夢の中で。
自分が狼であるのか、または狼の魂を持つ人なのか、区別がつかなくなる事であった。

そのため、狼は人の作った酒という毒から離れる事を誓った。
狼は風の民ではなく、酒と牧歌にも属さない。
だから、狼は人間の領地から離れ、荒野と森で暮らした。

「これがお前達が酒と呼んでいるものと、狼の関係の始まりだ」
狼は酔っ払いに向かって得意そうに言った。
しかし見ると、酔っ払いは既に柔らかな松葉の上で、ぐっすり眠っていたのだ。

狼は呆れたような息を吐き、酔っ払いをおいてその場から離れた。