ペリンヘリ

書籍


■1
本書のまたの名は『恋に落ちたレオブラント』。
初版の作者は、カーンルイアでは誰もが知る伝説の物語を改編した作品であると語った。
しかし、それを証明できる人はもうこの世にいない。
今のものは、数世代もの人々の手を経て作り上げられた創作物となっている。

-------------------------

■2
本書のまたの名は『恋に落ちたレオブラント』。
初版の作者は、カーンルイアでは誰もが知る伝説の物語を改編した作品であると語った。
しかし、それを証明できる人はもうこの世にいない。
今のものは、数世代もの人々の手を経て作り上げられた創作物となっている。

-------------------------

■3
本書のまたの名は『恋に落ちたレオブラント』。
初版の作者は、カーンルイアでは誰もが知る伝説の物語を改編した作品であると語った。
しかし、それを証明できる人はもうこの世にいない。
今のものは、数世代もの人々の手を経て作り上げられた創作物となっている。

-------------------------

■第1巻
これは遠い昔の物語。
当時、家禽と野禽ははっきりと区別されていなかったと言われる。
またその頃、地下王国を照らしていたのは赤い月であり、黒き太陽はまだ昇っていなかった。
王国の位置は特殊であったため、外の世界のものがよく紛れ込んできた。
舞い込んだ災いならば武器によって消滅させられるが、他のものには一体どう対処すればいいのだろう?
例えば、既に滅ぼされた世界からの子供は――?
一人の賢者は、王にこう提言した。
「諸貴族を支配する偉大なる王よ。
かつて、私はとある子供から異界の話を聞きました。
昔、海の民は神が海から来ると信じたそうです。
そして、海で遭難した者を見つけるたびに、彼らは必ず最大限の敬意をもって彼らをもてなしました。
なぜなら、神が海難者の姿で人間界を見回りに来ると信じていたからです」
王はこう言った。
「よく分からぬわ。
お前の思う通りにせい。」
(注:言うまでもなく、王国には本当の意味での「海」は存在しない。
王国の創始者ならば、山の輪郭が強い日差しでぼんやりとする光景や、海面が月明かりの下で真珠のようにキラキラと輝く姿を見たことがあっただろうが、物語の時代、これらの光景について王に語れる者は、外から来た者か、公務で王国を離れたことのある者か…
いずれにせよ、ほんのわずかであった。
海という言葉は、星々が映し出す空間のメタファーとしてのみ用いられる事物だったのである。)
海の外から訪れた伝説の神――
あるいは、それよりもさらに上位の存在待ち望んでいた王国の者たちは、そうした経歴を持っている子供を収容できる施設を設立した。
時が経ち、王国の孤児や、外からやって来た浮浪児も施設に入れるようになっていった。

幼いペリンヘリが持つ人生最初の記憶は、大人たちの要求に従って真っ暗なトンネルをくぐり抜けたことだった。
あれは一体何のトンネルだったのか…
あるいは、寒い日に煙を放出するための煙突だったのかもしれない。
中は灰だらけで、煙や光を逃す微かな隙間もなかった。
しかし幸い、トンネルはもともと子供が通れるように設計されていたようで、落ちても痛くはなく、不快なクモの巣などもなかった。
やがて、ペリンヘリは突き当たりに辿りついた。
しかし、扉は開かなかった。
いくら扉をノックしても、大人たちは冷たい声でこう問いかけるだけだった――
「もう死んだか?」
人がもし本当に死んだとして、どうして返事ができようか?
しかし大人たちはどうやら、そのような答えは好まなかったようだ。
彼らは同じ質問を繰り返し続け…
ペリンヘリはついに叫んだ。
「死んだよ!」
大人たちは続けて、こう聞いた。
「じゃあ、見たか?」
暗闇がもたらす恐怖に加えて、空腹と疲労が襲ったためか、ペリンヘリは幻覚を見た。
黒い夜空にかかる真っ赤な月が突然振り向いたのだ――
実際には、それは恐怖に満ちた、巨大な瞳だった。
大人たちがドアを開けて、灰まみれのペリンヘリを抱きしめて慰めた。
「お前はもう壁炉の中の『双界の炎』を通り抜けた。
今ここで、お前は生まれ変わるんだ。」

赤い月が落ちて黒い日が昇り、また黒い日が沈んでも、「超越者」が王国の教養院に現れることはなかった。
しかし教養院からは優秀な人材が多く輩出され、そのほとんどが王国の偉大な騎士となった。
ペリンヘリは、親友のレオブラントと比較されることがない限り、間違いなくその時代の首席だったと言えるだろう。
二人は功績の数や大きさ、あるいは祝賀会で呑んだ酒の量で勝敗を決するはずだった。
それがなぜ、命を賭すことになってしまったのだろう…

-------------------------

■第2巻
あの日、教養院に新しいメンバーが加入した。
それは異国から来た、一人の美しい少女で、もともとは高貴な公主であったと自称した。
祖国は貴金の神に敗れてしまったが、祭司の娘でもあった彼女は新たな神を認めることができず、流浪の末にこの王国にたどり着いたという。
彼女はアンジェリカ(注1)と名乗った――
「天から降りてきた神の使いの如き者」という意味である。
美しいアンジェリカは将来、王国最強の騎士に嫁ぐことを心に決めていた。
ペリンヘリは彼女に見向きもしなかったが、レオブラントはアンジェリカに魅了された。
アンジェリカはいつも王国の「井戸の海」の近くを散歩しながら、レオブラントに外の世界のことを話した。
親友を心配して、ペリンヘリも常に同行した。
ペリンヘリの中には、好奇心よりも先に猜疑心があったのである。
彼はアンジェリカの語ることに対して常に懐疑的ではあったが、いつの日か自分の目で見てみたいとも思っていた。

アンジェリカが来てから、レオブラントはまるで人が変わったようだった。
彼はトラブルメーカーとなり、他の騎士を挑発して喧嘩を仕掛けるようになった。
そしてすべての決闘に勝ち、勝利のたびにアンジェリカに自分の勇猛さを誇示するのだった。
しかしそれらの手柄に対して、アンジェリカはただ淡々と笑うばかり。
走りに長けた者が亀に勝ったことが、果たして功績と言えるだろうか?
「いつも黒駿(注2)を連れているニョルド、深秘院で最も戦闘に長けるアルフ、半数もの騎士を率いる将領アルベリヒ、そして無敗のペリンヘリ。」
アンジェリカは、自身の思う王国の最強候補を挙げた。
恋に落ちたレオブラントは己の心の声に従って決意した。
しかし、皆に裏切り者と呼ばれ、狂ったと思われてもなお、レオブラントはペリンヘリを傷つけようという気はまったくなかった。
ところがペリンヘリのほうは、アンジェリカを殺めれば、親友の狂気は治ると信じた。

容赦ないの末、三人はついに国境を離れた。
そして――
その瞬間、レオブラントは己の顔を覆った。
話す言葉も次第に変わり果てて行き、ついには獣の咆哮にしか聞こえなくなった。
魔女――
アンジェリカはこう説いた。
「レオブラントは己の神を見捨てて王国に来た一族の末裔です。
そしてこれこそが、王国に純血主義を主張する貴族が絶えない理由。
これが…
神様を裏切った代償です。」
アンジェリカはこう説いた。
「しかしペリンヘリ…
あなたは外から漂流してきた人。
ですから、このような呪いなど持ってはいないはずです。
一つの世界に匹敵する崇高さとは言えずとも、あなたは自分なりの運命を持っています。」
「そして私も、神が亡くなる最後の一秒にも信仰を失いませんでしたから、呪いにかかることはないでしょう。
さて、私の正体が分かりましたか?」
ちょうどその時、地平線から太陽が昇り、夜を徹して戦ったことによる疲労のためか、ペリンヘリの手から剣が滑り落ちた。
彼は手の甲で額を覆い、初めて太陽を仰ぎ見た。
そしてアンジェリカに振り向いた時、彼女が璃月の美しい少女でも、邪悪な魔女でもないことに気が付いた。
「私は運命から抜け出した自由です。
これはレオブラントが必死に追い求めても手に入れることがかなわなかったもの。
そして、あなたが簡単に得られるものです。」
もう、ペリンヘリの前には何もなく、彼の目に映るのは広大な大地だけだった。

注1:昔の璃月人はそのような名付け方はしなかった。
こうして考えると、彼女の名前は「妙音女」もしくは「天王奴」だったのかもしれない。
注2:初版は「黒狼」。
カーンルイア考古学の研究によれば、カーンルイア錬金術によって作られた戦獣の一種であった可能性が高いとされる。
赤月王朝の時代、王国の中枢を支えていたのは錬金術と調獣騎士であった。
しかし黒日王朝の時代になると、機械工学の発展とともに衰退していった。

スペシャルサンクス
デノン氏――
あなたのカーンルイア考古学にインスパイアされて、本作は誕生した(初版)
ジーン・フィジャック氏――
あなたの加筆修正により、この物語に結末が与えられた(第二版)
ジーン・フィジャック夫人とジーン・フィジャック・フィス氏――
校正に感謝(第三版)
……
カール・インゴルド先生――
あなたの記録『廃都研究紀行』を基にこの本はまとめられた(第十三版)
カラサワ氏――
雑学博物学のサポートに感謝(第十四版)
雲老師――
璃月文化の部分への注釈に感謝(第十五版)